要点

  • 科学的成果: Arc Instituteスタンフォード大学が開発した人工知能Evoが完全なウイルスゲノムを設計し、合成された16種のバクテリオファージが実験室内で増殖し細菌を死滅させた。
  • 使用技術: 9.3兆塩基で訓練されたこのモデルは、ファージΦX174を出発点として70万件のゲノム設計案を生成した。中でも変異体Evo-Φ6965倍の増殖率を記録し、天然のウイルスを上回った。
  • 未解決の課題: NIHの規制はウイルスDNAの計算機上での設計を対象としておらず、Evoモデルは現在もオープンソースとしてHuggingFace上で公開されている。

ゼロから設計されたウイルスゲノムが生きたウイルスへ

Arc Instituteスタンフォード大学と共同で、2026年8月6日に学術誌Scienceにて、生成AIが完全なウイルスゲノムを設計し、それが合成を経て機能するウイルスへと変換された実験結果を発表した。Brian Hie教授と博士課程学生Samuel Kingが率いたこの研究は、AIモデルによって完全に設計されたゲノムが実験的に検証された初の事例となる。

使用されたシステム「Evo」はテキストではなくDNA配列を処理する。約200万件のバクテリオファージのゲノムと、128,000種の生物由来の合計9.3兆塩基のデータで訓練が行われた。



AIエヴォがウイルスゲノムを設計、機能する16種のバクテリオファ... - Foto 1

天然バクテリオファージから16種の機能する変異体へ

出発点となったのは11個の遺伝子5,386塩基対から成るバクテリオファージΦX174である。このモデルを基にEvo 1とEvo 2は70万件のゲノム設計案を生成し、計算処理によるフィルタリングを経て302件の候補が化学合成の対象として絞り込まれた。このうち285件が実際にDNA鎖として組み立てられ、大腸菌培養液に導入された。16種の配列が生きたバクテリオファージを生成し、増殖と宿主菌の破壊能力を示した。

天然ウイルスとの競合試験では、変異体Evo-Φ69が個体数を65倍に増加させ、野生型のΦX174を一貫して上回った。別の変異体Evo-Φ36は、進化的に離れたファージ由来の遺伝子を組み込んでおり、既知の生物学的知見によれば本来機能不全となるはずの改変であった。オックスフォード大学の生化学者Oliver Crookは、これらの生物を「人間の科学者であれば設計を思いつくことのなかった遺伝的構造」と表現した。



AIエヴォがウイルスゲノムを設計、機能する16種のバクテリオファ... - Foto 2

薬剤耐性菌への応用

16種の合成ファージを含むカクテルは、天然のバクテリオファージに耐性を持つ2種類の異なる大腸菌株を排除した。これは抗生物質耐性感染症に対するファージ療法への一つの道筋となる可能性を示している。研究チームはこの結果を「合成バクテリオファージ設計のための青写真」であり、「ゲノム規模での生命システムの生成的設計」の基盤であると位置づけている。

バイオセキュリティにおける規制の空白

国立衛生研究所(NIH)が2026年7月末に公表した方針は、既知の病原体の危険性を高める実験を禁じているものの、純粋に計算機上で行われるウイルスDNAの設計については規制対象としていない。ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターのMoritz Hanke氏は、これまで存在しなかったウイルスのリスクを分類する基準が存在しない点を指摘している。

研究チームはEvoの訓練データから、人間、動物、植物に感染しうるウイルスに関する遺伝情報を除外している。合成DNAの先駆者であるJ. Craig Venter氏は、この手法が天然痘や炭疽菌といった病原体に応用された場合の懸念を「深刻」と表現し、予測不能な偶発的結果のリスクを強調した。

Evoモデルはパラメータや訓練データとともに、HuggingFaceなどのプラットフォーム上でオープンソースコードとして公開されている。HIVのゲノムは約10,000塩基、コロナウイルスは約30,000塩基であり、これはこのシステムが既に扱っている規模に匹敵する。



AIエヴォがウイルスゲノムを設計、機能する16種のバクテリオファ... - Foto 3

今後の展望

マンチェスター大学の合成生物学者Patrick Cai氏は、この研究を「画期的な成果」と評した。Ginkgo BioworksのCEOJason Kelly氏は、AIによる細胞設計を国家的研究優先課題とし、生成されたゲノム設計を継続的に試験できる自動化研究室の整備を提案している。技術的能力と規制枠組みとの間の隔たりは、この動向における未解決の課題として残されている。