要点

  • 考古学的発見: モンゴル草原で見つかった2700年前の青銅鍋から、反芻動物の血とヤクの乳の痕跡が検出された。
  • アゼルバイジャンの遺跡: 3500年前の円形集落から陶器と炉の跡が発見され、南コーカサスの遊牧民の休息地であったと考えられている。
  • 世界の料理の起源: クスクス(ベルベル文化)、パスタ(13世紀にイタリアへ伝来)、コーヒー(エチオピア原産)は、いずれも移動の歴史に共通の起源を持つ。

草原の鍋に残された血と乳の痕跡

2700年前にさかのぼる青銅鍋がモンゴル草原で見つかり、分析の結果、反芻動物の血とヤクの乳の痕跡が確認された。青銅器時代の遊牧民は、屠殺した動物の血を集めて腸詰めを作っていた。この保存技術は、現代のモンゴル料理にも今なお残っている。作物栽培が不可能な環境で暮らしていた彼らの食は、主に乳製品に依存し、狩猟で得た肉や野生の植物性食品で補われていた。



遊牧民の食卓 考古学が解き明かす食のルート - Foto 1

馬乳酒は発酵させた馬の乳で、モンゴルの騎馬戦士たちの遠征を支えた。馬乳を発酵させる技術は、馬を最初に家畜化した民族の一つであるボタイ文化にまで遡り、モンゴルの征服よりも何千年も前から存在していた。肉の乾燥や発酵といった保存技術の一つひとつが、生存の知恵として世代を超えて伝えられてきた。

3500年前、アゼルバイジャンにあった食の集いの場

アゼルバイジャンで発見された円形の集落遺跡は、3500年前のものと推定され、陶製の器や炉の跡が出土した。この遺跡は谷を通る旅人からも見える見晴らしの良い場所に位置しており、考古学者たちはこの点から、南コーカサスの遊牧民が集まる場所であったと結論づけている。そこでは人々が足を止め、共に料理をし、食事を分け合っていたと考えられる。

中央アジアの料理文化は、ペルシャ、インド、アラブ、トルコ、中国、モンゴル、ロシアといった影響が入り混じり、さらにウイグル、スラブ、朝鮮、タタール、ドイツ系民族の移住によって豊かになっていった。この重層的な融合は、「グローバルな交流」という概念が言葉になる何世紀も前から、すでに層を成した食文化を生み出していた。



遊牧民の食卓 考古学が解き明かす食のルート - Foto 2

「郷土料理」とされる料理たちの旅路

クスクスはベルベル文化から生まれた。この遊牧牧畜民は、粉に挽いてふるいにかけられる穀物しか持たなかった。北アフリカの遊牧民の生存のための食であったクスクスは、シチリアに到達し、地中海料理の代表的な一品となった。今日イタリアの象徴とされるパスタも、実際には13世紀になってようやくイタリアに伝わったとされる。世界中で愛されるコーヒーも、元来はエチオピアで飲まれていたものだった。

「遊牧民の食」という概念は、牧畜民やベドウィンの文脈を超えて広がり、今日ではストリートフード、ファストフードの形式、そして遠く異なる伝統を混ぜ合わせたフュージョン料理にまで及んでいる。決定的に異なるのは、食に与えられた価値である。歴史上の遊牧民にとって食とは、移動とともに運ばれる文化的財産であり、単なる付随的な選択ではなかった。



遊牧民の食卓 考古学が解き明かす食のルート - Foto 3

食のルートを書き換える出土品

モンゴルとコーカサスの遺跡から得られた証拠は、遊牧民の保存技術と料理の慣習が、近代よりもはるかに以前から、商業と移住のルートを通じて広がり、混じり合っていたことを裏付けている。青銅の鍋やアゼルバイジャンで見つかった陶器は、大陸を越えて行われた食の交流の物的証拠となり、今日それぞれの土地で「伝統」とされる料理の実際の起源を、新たに問い直すものとなっている。